徴税吏員の捜索根拠
税金の滞納者に対して、徴税吏員と呼ばれる行政職員が捜索、差押えをすることがあります。
捜索の現場は、とても緊張感があり、該当する滞納者と徴税吏員の間で、激しいやりとりがある場合もあります。
滞納者の捜索に入る根拠として、徴税吏員は国税徴収法第142条を根拠としています。
国税徴収法第142条1 徴収職員は、滞納処分のため必要があるときは、滞納者の物又は住居その他の場所につき捜索することができる。
「必要があるとき」とありますが、一応この条文を根拠に捜索はできるということです。
憲法の要請
しかしながら、法律よりも強い憲法を見ていくと憲法第35条には次のように書いてあります。
憲法第35条 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
2 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。
第三十三条の場合というのは、現行犯逮捕のことなので、それ以外は、本条文が妥当します。
ハードな捜索の適法性、合憲性
であれば、令状が必要な気がしますが、徴税吏員は令状はいらないと言い切ります。
その理由ですが、
「国税徴収法で規定されている権限だから」
「捜索は、犯罪捜査ではないため、令状なく捜索することができる。」
「刑事手続きに移行する可能性がない」
などと言ったものです。
国税徴収法がきちんと読み取れていたとしても、憲法のメッセージは正しく認識できているのか疑問が残ります。
個人的には、憲法第35条が令状を要求しているように見えるのですが、・・・。
捜索のハードな現場を見ると、プライバシー侵害の度合いもあまりに過ぎている気がするので、
そういった現場の肌感覚からも一度、裁判所の判断を仰ぐ「令状」が必要なのでは?と思うのです。
滞納者であれば、何をしても良いという感覚を持っている徴税吏員はたくさん存在します。
今一度、この点について、考えていきたいと思います。
ちなみに
現行の日本国憲法を理解する上で必要となってくる第日本帝国憲法の
またとない逐条解説書として名高い「憲法義解」(伊藤博文)では、
第35条の修正前条文である第25条では、次のように解説されています。
大日本帝国憲法第25条 日本臣民は、法律に定めた場合を除いて、当人の許可なく住んでいるところに侵入されたり、捜索されたりすることはない
【解説】本条は住居の安全を明記して保障する。
思うに、家宅は臣民各自の安息の場所である。
それゆえ、私人が家主の承諾なく他人の住居に侵入することができないだけでなく、
警察・司法及び収税官が、民事・刑事・行政処分のいずれかを問わず、
法律で指定した場合でなくして、また法律の規定によらずして、
臣民の家宅に侵入したり捜索をしたりすることがあったら、
すべて憲法によって不法の行為とされるところであって、刑法で処罰されることを免れない。
「憲法とは何か」を伊藤博文に学ぶ(相澤理)
このように解説されているので、憲法第35条の対象には、
警察・司法だけでなく収税官(徴税吏員)も含まれるものと読み取れます。
大日本帝国憲法下では、「法律に定めた場合を除いて」という文言が仇となり、
公権力による強引な捜索が行われました。
これを反省し、日本国憲法では「令状主義」が明記されています。
・・・ということは、やはり、徴税吏員と言えど、「令状」を取らずして、
「法律に定めている」からと言って、捜索に入っていては、戦前の反省を活かせていないとも取れます。
なぜ「令状主義」ができたのか、なぜ今の条文なのか、本当に今の実務は正しいのか、
疑い、考えることはとても大事なことではないでしょうか?
関連条文
国税徴収法第142条
1 徴収職員は、滞納処分のため必要があるときは、滞納者の物又は住居その他の場所につき捜索することができる。
2 徴収職員は、滞納処分のため必要がある場合には、次の各号の一に該当するときに限り、第三者の物又は住居その他の場所につき捜索することができる。
一 滞納者の財産を所持する第三者がその引渡をしないとき。
二 滞納者の親族その他の特殊関係者が滞納者の財産を所持すると認めるに足りる相当の理由がある場合において、その引渡をしないとき。
3 徴収職員は、前二項の捜索に際し必要があるときは、滞納者若しくは第三者に戸若しくは金庫その他の容器の類を開かせ、又は自らこれらを開くため必要な処分をすることができる。
憲法第33条
何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。
憲法第35条
何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
2 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。