コラム

障がい者の多いまちに障害はなかった?マーサズ・ヴィンヤードに学ぶ障害について。

障がい者の多いまち。マーサズ・ヴィンヤード。

障害とは何なのでしょうか?

日常的に障がい者と接する機会が多い人は考えたことがあるかもしれません。

例えば、車椅子生活をしている人がいたとします。何が障害なのでしょうか?

「障害とは何か?」の問いですが、示唆に富むのが「マーサズ・ヴィンヤード」の事例です。

「マーサズ・ヴィンヤード」とは、北米東海岸にある小さな島のことです。

この島では、遺伝的な問題により、聴覚障害を持つ住民の割合が非常に高かったそうです。

アメリカ合衆国の聴覚障がい者の平均割合が約6000人に1人であったのに対して、島では155人に1人の割合だったそうです。島のある地区ではその割合は4人に1人にのぼったといいます。

この島では、「マーサズ・ヴィンヤード手話」という手話が健常者、聴覚障がい者問わずみんながこの手話を使っていたため、聴覚障がい者は日常生活に困りを感じなかったそうです。

「障害」がなかったんですね。

なぜ、障がい者が存在するのか?

「マーサズ・ヴィンヤード」の事例は示唆に富んでいます。

そもそも、我々の社会にはなぜ障害が存在するのでしょうか?

前述の車椅子で生活をしている人は、何が障害なのでしょうか?

それは、一人で越えられない段差が目の前に出てきたとき初めて障害を感じます。

自力で上ることの困難な階段がなかったり、トイレの不自由がなかったりすれば、実は障がい者でも何でもないのです。

障がい者というのは、社会との関係でできているものと言えるでしょう。

社会は多数派でできている。

今でこそ、ユニバーサルデザインといって、可能な限り多くの人が不自由なく使用できるようにする取組みが進んでいますが、そもそも社会は多数派である健常な大人の都合の良いようにできています。

多数派の大人は悪気なく社会を作ってきました。

そこに社会的弱者と呼ばれる人たちへのシンパシーはありませんでした。

また、シンパシーがあったとしても経済的に考えたときに、合理性がなかったりしたのです。

コストを考えるとユニバーサルデザインができない場合は今でも多くあると思います。

社会はユニバーサルなものに中々ならないでしょう。

多数派の理解が社会を変える。

ただ、そういった社会なのだと諦めてしまうことと問題を受容しつつも解決をするために努力することは違います。

私自身はじめの一歩として必要と思うのが、障がい者(実際には障害のない人も含まれるかもしれません。)への理解です。

この人は何が障害となっているのか、理解しようと考えることが大事と思います。

考えてみると障害はないな、と思える場合もあるかもしれません。

先入観が障害を作っている可能性もあります。

自身が多数派にいて、少数派の気持ちは理解することが難しいと感じることもあると思います。

しかし、そもそも障害って何?障害は多数派の都合じゃないのかな?本当に自身と彼らの間に障害はある?などと考えてみると少しずつ障害について理解ができると思います。

障害というものは自身の偏見が作っている可能性が大いにあります。

そういう考え方を一人一人がしていくことで、社会はユニバーサルなものに近づくのだと思います。

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