国内に約35,000人いる措置児童
児童養護施設や里親家庭で生活している子どもは国内に約35000人います。
その多くは家庭に何らかの問題があり、家庭で生活したくてもできない状況から施設入所や里親委託といった「措置」がされています。
「措置」というのは「児童を施設や里親に預けること」を言います。児童相談所がこの「措置」をすることができます。
児童相談所では、多くの専門職員を雇い、組織としてこの「措置」という重たい判断をしていきます。
刑事被告人の権利と措置児童の権利
今は「子どもの最善の利益」を追求し、「措置」をしていますが、子どもの権利擁護の観点からすると十分な制度ということはできないでしょう。
社会的弱者である子どもの中でも、複雑な家庭環境で育った子どもたちは十分に自己主張することができない子が多くいます。
その子どもたちの声を、パターナリスティックに行政が判断して、反論の機会はほとんどありません。
刑事被告人ですら弁護人を依頼する権利があるのだから、措置児童に同様の権利があっても良いのではないでしょうか?
むしろ、措置児童に対して弁護人をつけないことの方が行政の不作為として措置児童の権利を侵害している不法行為ということができるかもしれません。
アドボケイトとしての弁護士を!
措置時点のみならず、措置中はあらゆる所で子どもの声を代弁する大人が必要となってきます。
一般の子どもであれば、愛情のある保護者が子ども権利を守ろうとします。
行きたい学校になるべく行かせてあげようとするし、習い事はなるべくさせます。食べたいものや欲しいものも過剰な要求でない限り満たそうとします。
保護者が子どもの代弁者(アドボケイト)になっています。
その点、措置児童にはアドボケイトはいません。
子ども個人の不幸は社会全体の不幸
自身の親と生活のできない子どもたちは如何にして権利を主張すれば良いのでしょうか?
仮に弁護人を付けたとしても、すぐに本音が出てくるとは思えません。大人に心を開かない措置児童はかなり多く存在します。
私がなぜ、こういった主張をするかと言うと、措置児童の権利を侵害している社会がとても嫌な社会だなと思うからです。
こういった問題が社会に知られていないことがまず歯痒い思いがあります。
また一人一人を大切にすると言いながら、全くできていない現状がとても悲しいです。
そして未来ある子どもの権利が侵害されることは、その子どもにとって不幸であるのと同時に社会全体にとっても不幸なことだと思うからです。
多くの選択肢のある未来のある子どもの権利が侵害されない十分な法制度を構築できる社会の方がより魅力的な社会だと思います。