
先日、私の心を大きく揺さぶる出来事がありました。
それは、地域の子育て支援施設での、ある年度末の一コマです。
その日、ひとりの子どもが施設の職員に花束を手渡し、号泣しながら帰っていく姿を見かけました。
その職員は、長年その施設で勤務してきた方で、今年度限りで契約が終了となることが決まっていたのです。
理由は「会計年度任用職員の5年満期ルール」によるものでした。
その職員は地域の親子からとても信頼され、温かい雰囲気をつくり続けてきた方々でした。
ただ場所を提供するだけでなく、「あの人がいるから行きたい」と思われる存在だったのです。
そんな施設に欠かせない方が「制度上、更新できません」と告げられ、3月末で退職することになりました。
更新しないと決めた担当課の職員は、年間に数回しかその施設を訪れたことがありませんでした。
現場をほとんど知らないまま、ただ「ルールだから」と契約終了を通知したのです。
私はこの出来事を通して、改めて強く思いました。
**「事務屋が事務だけをしていてはいけない」**と。
制度だけを見て、現場を見ない担当者
もちろん、公務員の仕事には制度やルールに基づいた処理が求められます。
公正であること、透明性を保つこと、前例や規定に則ることも大切です。
ですが、それだけでは足りないのです。
特に、子育てや福祉、教育といった「人と人とが接する現場」においては、数字や契約期間だけでは測れない価値があります。そこに通う親子の安心感や、職員と築かれた信頼関係、長年の経験からにじみ出る人柄。こうした「見えない価値」こそが、地域の公共サービスの核となっています。
にもかかわらず、担当課の職員は「これは制度ですので」「5年経ったので」と事務的に処理をしてしまった。現場に足を運ばず、職員の様子や利用者の声にも耳を傾けないまま、ルールの執行人として淡々と業務を終えたのです。
このような在り方が続けば、地域から信頼されるサービスは次々と失われていくでしょう。
その結果、自治体への信頼そのものが揺らいでしまうことを、もっと真剣に考えるべきではないでしょうか。
現場を見て、声を聞く覚悟を
今回の出来事で、私は現場を知らないまま物事を決める事務屋の罪の重さを痛感しました。
「制度を守ること」も大事ですが、「制度の運用が現場の実態や住民の感情とどう関わっているか」を見ようとしなければ、本来の目的から逸れてしまいます。
あの日、花束を渡して泣いていた子どもの姿には、すべてが表れていたように思います。
「この人たちがいてくれるから、この場所が好きだったのに」
「ありがとうを言いたいのに、いなくなっちゃうなんて悲しい」
そうした感情を、私たちは想像し、受け止めなければならないのです。
「事務屋」の限界を超えていくために
地方公務員として、事務作業の重要性も身にしみて感じています。
しかし同時に、地域住民の暮らしを支えるためには、「現場の肌感覚」や「人の気持ち」に寄り添う力が必要だということも痛感しています。
ルールを守りながら、どうすれば地域にとってより良い選択ができるのか。
現場に足を運び、自分の目で見て、耳で聞いて、心で感じる——それを怠る職員に、自治体の未来を託すことはできないと私は思います。
おわりに
「事務屋が事務だけをしていてはいけない」
日々の忙しさに追われるなかで、制度や数字にばかり目がいってしまいそうになる瞬間は、誰にでもあるはずです。
公務員とは、書類を処理するだけの存在ではありません。
人と人の間に立ち、つなぎ、支える役割を担う仕事です。
だからこそ、私たちはこれからも、現場の声に耳を傾け続けなければならないのです。